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あっ、そう…【菅野、日本ハム入団拒否“就職留年”】

2011.11.21 23:00

category : 野球関連

菅野、日本ハム入団拒否“就職留年”

 日本ハムがドラフト1位指名した東海大・菅野智之投手(4年)が“就職留年”して1浪する意向を固めたことが20日、分かった。7日に同球団から指名あいさつを受けた後、進路を慎重に検討。その結果、伯父の原辰徳監督(53)率いる巨人への思いが強く、来秋のドラフトでの巨人入りを目指す。21日に、日本ハム側へ断りの連絡を入れる。

 信念を貫いた。菅野のジャイアンツ愛は揺るがなかった。ドラフト会議で相思相愛だった巨人との1位指名の抽選の末、日本ハムが交渉権を獲得。想定外の展開にも、誠意を持って7日に日本ハムの指名あいさつを受けた。その後は大学生活と自主練習を続けながら、東海大・横井人輝監督(49)らと話し合い、進路について熟考を重ねてきた。

 涙のドラフトから25日目の決断だ。関係者によると20日夜、菅野は家族に対し、「日本ハム入りはせずに、東海大に残って浪人したい」と自らの意思で導き出した最終結論を伝えたという。22日から秋の学生日本一を決める明治神宮大会が開幕する。それにも配慮し、21日に横井監督を通じて日本ハム側に入団断りの連絡を入れる。

 初志貫徹だ。菅野にとって、巨人は生まれた時から特別な存在だった。巨人の4番を1066試合務めた原監督の甥だ。必然的に幼少時から身の回りはYGマーク一色。小学生の頃、テレビで巨人戦を見て高橋由らの活躍にくぎ付けとなった。小学2年の文集に「将来の夢はプロ野球選手」と書いた。以前、菅野は「この家系に生まれたことが運命。僕にとってはプロ野球=巨人でした」と本紙に秘めた思いを明かしていた。清武球団代表兼GMの解任騒動にも、巨人愛はブレなかった。

 野球人として尊敬する伯父を目標としてきた。95年10月8日、原監督の現役引退試合を観戦。「いつか自分もああいう中でプレーしてみたい」―。巨人のスター選手の座を夢見て、東海大相模、東海大と伯父と同じユニホームに袖を通し、努力を重ねてきた。そして今回、原監督の契約が2年延長されたことも背中を押す形となった。

 大学最速157キロ右腕は「11月いっぱい」と期限を設け、来春以降の身の置き方も熟慮してきた。社会人入り、大学院進学、浪人―。22歳はあらゆる選択肢を検討。複数の社会人チームから獲得の打診はあったが、プロ入りには2年後のドラフトを待たなければならず断念。大学院も模索したが、勉学よりも野球を優先したい考えが強かった。一般学生と同じ“就職留年”の形で東海大に残る道を選んだ。1浪して、来秋のドラフトで巨人入りを目指す最短ルートだ。

 慣れ親しんだ施設を使用できる半面、公式戦や対外試合に出場できないリスクも背負う。紅白戦登板は可能で、後輩たちの練習相手として体力と技量の向上に努めていく。野球人生18年目の来年、菅野は未知なる道へ踏み出す。それでも、確固たる決意を胸に伯父・原監督との共闘、巨人のエースとなる夢を追いかける。

 ◆菅野 智之(すがの・ともゆき)1989年10月11日、神奈川・相模原市生まれ。22歳。小学1年で野球を始める。新町中3年夏の神奈川県大会で優勝。東海大相模では2年春からベンチ入り。3年夏は決勝で敗れ、甲子園は未経験。東海大では1年春に救援で首都大学リーグ戦にデビューし、同秋から先発に定着。昨夏、神宮学生最速157キロを計測。今秋リーグ史上7人目の30勝&300奪三振を達成。リーグ通算53試合37勝4敗、防御率0・57。185センチ、86キロ。右投右打。家族は両親と姉。


http://hochi.yomiuri.co.jp/baseball/ama/news/20111121-OHT1T00127.htm?from=related
【スポーツ報知 より引用】


 っ、そう…。

 まぁ、日ハムに入団するもしないも本人の勝手だし、それはルール上問題ある行為ではないし、どうでもいいっちゃ、どうでもいいけどさ…。


 澤村長野の場合、彼らは「巨人でプレーしたい」という思いから他球団の指名を断った。

 これは、巨人がどうのこうのを差っ引いて、まだ理解できるレベル。


 でも、菅野の場合、ものすごく“引っかかり”を覚えるんだよな。

 単純に「巨人でプレーしたい」のか、「伯父さん(原監督)の下でプレーしたい」のか。

 「原監督の甥だからプロに行けたと思われるのがイヤだった」とか何とか言っておいて、いざドラフトで日ハムが指名権を獲得した直後、「小さい頃は一緒にできたらいいなというくらいしか思ってなかったのが、それが夢ではなく現実となる様に自分の中で思い描いていたのはある」と言った。

 これは真逆の発言で、どう考えても原の下でプレーしたいとしか思えないんだが。


 第一、仮に菅野が来年のドラフトで巨人に入団できたとして、原が巨人の監督でいる保障などどこにもない。

 一応、原は2年契約を結ぶ様だが、成績不振で契約を破棄される可能性だって十分あり得る。

 さらに言うと、菅野のプロ野球人生に原がずっといるというのはあり得ない。
 むしろ、いない人生の方がずっと長い。


 その他、プロ野球選手になれない事や実戦から遠ざかるリスクなども考えて、その辺の事、彼はどれだけ深く考えたのだろうか。

 そんなに原と野球がしたいなら草野球チームでも作って、原を監督にしていつまでも楽しくやってろって思う。


 あと、断りの挨拶をするなら、せめてそこだけは自分でやれよ、マジで。
 ここは“人として”許せないし、ただでさえ悪いイメージのさらなるダウンは必至。


 こんなヤツの為に、来季のドラフトの目玉・亜細亜大学の東浜をドラフト1位で獲得できなくなる可能性が高くなるのはもっと許せない。
 「事実上、選択する余地がなくなる」という意味で。

 で、入ったら入ったで、高い確率で「原の甥っこ」と見られるでしょ?

 プロの世界とは言え、そういうのはチームにいい影響は与えないし、そういう声を実力ですぐ黙らせるのも一苦労。
 調子を崩しても二軍落ちされない状況にでもなろうものなら…ね。

 これ、澤村や長野以上にタチの悪い感じにはならないか?


 そんなんだったら、おとなしく日ハムでプロをスタートさせたらいいのに…。
 まぁ、オレを含めて、周りがどんだけ言おうとこれは本人の決めた道だから、最終的には「お好きにどうぞ」だけどね。


 1年後のドラフトが、別の意味で楽しみだ^^



 あったかくして寝ろよ。


ランクリ、お願いしますm(_ _)m
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スイッチピッチャー

Author:スイッチピッチャー
名前の由来:野球好きの両利きで、左右どちらでもボールを投げられることから。
もちろん、ラジオネームも同じ^^
だけど、最近はあまり活躍せず…

出身:生まれは京都、育ちは埼玉(・w・`)

好きな球団:巨人…だけど、基本的にはプロ野球全体が好き^^


なんだか、この1、2年でくりぃむしちゅー色が強いブログになっちまった(^^;

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